出会い

「友達」と言葉にするのは、照れくさい感じもある。

そもそも「友達」という言葉を、認識しあうような行為というのは、
正直言って、照れくさいし必要無いと思うのである。
「そんなこと確かめあって、おかしいよ」って思う。

だって、そういう確かめあうのって、その関係に不安を感じるからでしょ。
だから、話して呑んで騒いで笑って過ごせる人達は、必然的に「友達」なのだと、勝手に思っているのだな。

で、新しく人と知り合って、いろいろ話す。この段階で、いろいろ話せるのは、興味があるから。
興味があるのは、大きな意味で好きなんだろうな。
男でも女でも、それは同じ。
人の話は面白い。生い立ちや趣味や好み・・・その人の行動原理が、どんどんわかってくる。
自分も話すけど、自分の事はイイんだな。だって、その人の話を、もっと聴きたいと思うから。

でも、少しは、こちらの話で自分に興味を持ってもらえると、嬉しいです。
だいたい、仲良くなる人は、自分の話も沢山するけど、こちらの話もキチンと聴いている。

でもね、そういう細かい事は、ホントはどうでも良いんじゃないかと思うのです。

単純で馬鹿みたいだけど、その時間が幸せならそれでイイと思う。
どんなに、えげつない話でも、どんなに高尚な話でも、面白ければ幸せ。
ハッピーだ。

最近、疎遠になっていた人と、また会う機会が増えて、話していると幸せな気分になる。
この時間が永遠に続けば良いと思う。
知り合ったばかりの人と、呑みながら話をする。
これも楽しくて、この時間が終わらないで欲しいと思う。
仲の良い奴と呑んで話す。
この時間が死ぬまで終わらないで〜、と思う。

でも、そんな事は無理なのだ。
いつかは、家に帰らなければならないんだな。

だから、また会いたいと思って、日々暮らすのだけど、
いつ会えるかなんて、わからないから、会いたいなぁ〜って思っていると、
まぁ、何かと会うものです。

このブログで、何度か書いたかもしれないけど、
人との出会いは「必然」だと思うので、出会う人間は「出会うべくして」出会っている。

好き嫌いを問わず、きっと理由があるのだよね、出会いって。

でも、嫌いな人とは会いたくないなぁ・・・というのが、正直なところです。
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by junjet8 | 2013-08-16 00:08 | 独りごちる | Comments(0)
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